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ふと思った独り言

贈り主:脳内

今の世の中の親は、なんとなく、
「悪いことはしちゃだめ!!」って子供に言ってるけど、その子供の見えないところで悪いことしているような人が多い気がする。

これが無くなればきっと世の中は良くなる。

多分、自分もこの「贈る言葉」に書いてあるような本を読んでいなければ、自然にこういう裏のある親になっていたと思う。

そして、これが悪いことだとか、病気の原因になりそうなことだとか、自分で幸せを遠ざけてることだとは全く感じてなくて、信号無視ぐらいの、些細なみんなやってる必要悪ぐらいのものだと思っていたと思う。

逆に必要悪だと感じない人のことを、気持ち悪い人だとか、何かに洗脳されている人だとか思っていたと思う。

だけど、これに気がつかないと、生きてる意味や、毎日が、なんとなくボヤッっとした感じで、スキッっとしなく、ただ辛いだけのような気がする。

何のために生きてるのか分からないのって最高に不幸だと思う。

生きてる意味が分からないのに、食べるためだけに、毎日、ストレス溜めて働いて、ストレス解消に悪口言ったり飲んだりして、少し楽になった気がして、、、

だけど、何も解決してないから、常に不満をもってて、嫉妬したり、見栄をはったり、威張ったり、見下したり、ばかにしたり、、、

そして、病気をして、死んだら無になってチャン♪チャン♪って感じだけど、みんな同じような感じだから、こういうもんだと思ってて。。

これって、出口の見えない暗いトンネルにいるみたいで、最高に不幸のような気がする。


今の自分だったら、悪いことや良心が痛むことをしちゃうのは誰かのせいではなく、自分が未熟なだけで、

生きる意味は、この未熟な部分を少しでも無くすようにすることだと思ってて、

未熟な部分が無くなれば無くなるほど、より快適に、より幸せに生きていけると思っている。

そして、未熟部分を無くすためには、苦痛が必須で、そのために自分で自分の不幸やトラブルを選んでるから、絶対に腐ったり、人のせいにしたりしちゃいけないし、

会社とかで人と接すると、より自分の悪いところが分かるから、ただ、食べるためではなく、未熟部分を無くすためにも、働いているんだと思う。

そして、死後も生きていることを確信していれば、
生まれたときよりも死ぬ時に、自分の未熟な部分が1つでも無くなっていれば、地球での修行は成功で、より良い霊界に戻れ、そこで、残りの未熟な部分を無くすために、次はどこで、どんな修行をしたらいいのか考え、また、生まれてくるのだと思う。

これを永遠と繰り返し、未熟な部分をドンドンなくして、ドンドン向上していくものだと思ってる。

この永遠というのは、本当に永遠で、何億光年とかよりも長い期間だから、地球での一生なんて、世界中の砂漠の砂の一粒にもならないような小ささだったり、1日(24時間)の内の1秒よりも一瞬の出来事だと思う。




(*´ω`*) 実践はなかなか難しいですが・・・
( `д´) ペッ!
くさった生活の中で、何か忘れているような、自分をダマしているような、何かダマされているような、まだ眠っているような、もう諦めたような、そんな感覚があります

でも、これって何なのか、人に聞いても教えてくれないし、生まれ持った特殊能力も無ければ、天からのお告げが来る気配も全くありません

だから、ちょっと、めんどうで大変だけれど、自分で少しずつ大切なものを見つけていきマス

ちなみに、私は無宗教です。なんとなく昔から、集団や団体の中にいると、ぬるま湯に浸かった感じがして居心地が悪いし、誰かにすがると、弱みを握られ、自由を奪われそうな感じがしちゃうのです

※リンクフリーです(。・_・。)ノ
雨にも負けず(宮澤賢治)
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫な身体を持ち
欲は無く 決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず

野原の松の林の蔭の
小さな萱葺きの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い

日照りのときは涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず
苦にもされず

そういうものに
私はなりたい
自己成長のために
自分をぐんぐん成長させるために、積極的に、嫌なこと、辛いことに立ち向かおう

時には倒れても、時には踏まれても、強い強い雑草のように、必ず立ち上がろう

もっともっと泥まみれになって、どんどん自分を磨いていこう

そして、どんなときも、笑顔を忘れず、前を向いて、キレイな心にしがみついて生きていこう
宮澤賢治じゃないけど
自分の周りが幸せじゃないと、自分の幸せは無いと思う

みんなとは登山で腰に巻いた命綱のようなものでつながっているみたい

だから、だれかが不幸で立ち止まっていると、自分も登れないし、自分だけ幸せになろうとしても、みんなが動かなければ登れない

だから、他人の不幸は自分の不幸だし、他人が幸せになって初めて自分も幸せになれる

つまり、自分が幸せになりたかったら、まず、自分の周りの人を幸せにしないといけない

目に見えないけど、みんなとはいつも一緒みたい
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魂の進化(自己完成への道)
人間はさまざまな形で道を踏み外しては、悪の道を進み、下へ下へと落ちていくのです

この最低の深度にいる間は、自我の中に沈みきっていて、動物と同じく、ただただ自己の快楽と力のみを求めるのです

そして、十分に目覚め、世俗的な心と習慣を捨て、動物的な本能にとらわれなくなると、今まで夢にも思わなかった内的世界に気付くようになるです

ここで遂に、全ての人が兄弟であり、そばの友は自分と同じものを求め、自分と同じ道を辿っているのだと知ります。この理解の目覚めと共に、一切の利己的な野心と願望が後を絶ちます

そして心が遂に変わり、上昇が始まります。光ある方々の群れと一つとなって、前へ前へと波うちます

その魂はもはや、泳いでいる時、他の人々を押して沈めようなどとは思いません。なぜなら、人間として完全な魂の達成という素晴らしい目標に向かって、他の人々も自分自身も、善や悪を経験しながら努力しているだということがわかるからです

自分自身の欠点や弱点を克服し、自分が置かれた境遇や、人間の生活を縛っているさまざまな制限を克服することによって、自己は完成されるのです

人間はこの道を歩むことによってのみ、自己を完成することができるのです

贈り主:コナン・ドイル、ホワイト・イーグル
全てに愛おしさを
例えあなたが嫌なコトをしてきても、私は愛情と優しさでしか返さない

全てが愛おしい

あなたが無知で可愛そうだと思い、何とか助けたいと思う


みたいにできたらいいなぁ
約束
どんなにショックを受けた時も、
どんなに屈辱を味わった時も、
どんなに苦しく辛い時も、
さらに、
100%損だと思った時も、
100%相手が悪いと思った時も、
その他いつどんな時も、

自分がされて嫌だと思うコトは他に絶対にしない!

だって、自分がしたコトは、良い悪いに関係無く、ぜ~んぶ自分に返ってきちゃうみたいだから