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自分よりも辛く苦しい人

贈り主:脳内

嫌なことをしてくる人や傷つけてくる人は、自分よりも辛く苦しい状況にいる人です。

普通に幸せならそんなことするはずが無い。

だから、そんな人を更に追い込んではいけない。

その辛く苦しくなった原因を考えて、
「早くその心の病気が治り良くなりますように」と思い、できることなら自分が傷つくのを恐れないで、解決策を教えて楽にしてあげる。




(*´ω`*) 助けを求めてるのかもね
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使命感

贈り主:おじいちゃん戦争のことを教えてP68

厳しさに耐える自分に誇りさえかんじたものだ。

人間というのは、使命感を抱き、その使命に誇りを持って燃えることができれば、どんな過酷さにも平気になれるものだ。

むしろその過酷さを引き受けることが誇りになる。




(*´ω`*) なんとなくわかる・・・

慎独

贈り主:おじいちゃん戦争のことを教えてP66

人間は誰にも見られていないと、とかく放縦になりがちなものだ。

厳しく鍛えられればなおさら、人目のないところでは息抜き、勝手気ままにしたくなる。

だが、人目のないところでこそ、人間の真価は問われる。

誰も見ていない便所の中のようなところでこそ、身を慎まなければならない。




(*´ω`*) 逃げることは自分を追い詰めるだけだね

人間だけができること

贈り主:おじいちゃん戦争のことを教えてP150

私情を超えて公に身を捧げる。こういうことができるのは人間だけである。

その意味で、公のために殉じるのはもっとも人間らしく崇高な行為だといえる。

国のため社会のためという公に身を捧げることが人間として最も尊い行為なのだという認識が失われたとき、その国はダメになる。




(*´ω`*) 日本はダメになってきてる気が・・・

愛の最高の表現

贈り主:シルバーバーチの霊訓(1)P145

家族的な愛は、血のつながりによる結びつき(動物的段階の名残である防衛本能)によって支配されていることがよくあります。

ですが、愛の最高の表現は己を思わず、報酬を求めず、温かさすら伴わずに、全てのものを愛することができることです。

その段階に至った時は神の働きと同じです。

愛は、人の為に尽くし、人を支え、人を慰めんと欲します。

愛は、慈悲、同情、親切、優しさとなって表現されます。

愛は、滅私と犠牲の行為となって表れます。




(*´ω`*) まだ遠いなぁ・・・

死ぬ直前の父からの言葉

贈り主:アラン・カルデックの「霊との対話2」P83

愛しい妻よ、お前には苦労をかけることになるね。治療費をまだ払っていない人々がいるが、あまりうるさく催促しないようにしなさい。

そして、生活に困っている人の場合は、払えるようになるまで待ってあげなさい。払えない人の場合、支払いを免除してあげなさい。

神様が必ず償いをしてくださるはずだ。

子供達よ、お互いに助け合い、支え合って生きるのだよ。みんな調和して生きるように。うぬぼれたり、傲慢になったりしてはならない。

お前達にひどいことをする人を許しなさい。そうすれば、神様も、お前達を許してくださるだろう。




(*´ω`*) 死ぬ直前の言葉だから大切なことなんだろうね

昔の自分へ

贈り主:脳内

他人に与えた気持ちは、いつか必ず自分も味わうことになる。
辛いことや苦しいことを耐えたり、乗り越えたりすると人間的に深くなる。

だから、どんなときも、


・自分がされて嫌だと思うことは他人にしない。

・自分がされて嬉しいと思うことを他人にする。

・辛いことや苦しいことから逃げない。

・心の中でしっくりくることを素直に実行する。


これらを守っていると、自分が損をしている気分になることもあるけど、実際は損よりも得をしているから、どんな損をしていると思うのかじっくり考えてほしい。




(*´ω`*) 簡単に理解できることなんだけど・・・

善霊と悪霊

贈り主:霊の書(上)P211

善霊は、善良な人、自己を改善する人と接触を持つ。
悪霊は、悪になじむ者と接触を持つ。

善霊は、自分にできる良いことを"接触を持つ人"にしてあげたいと思っている。

善霊が最も悲しむのは、苦悩の原因となる、利己心や無慈悲な心を"接触を持つ人"が持っていることである。

また、故人となった身内や友人は、間違いなく、自分の力相応に、あなたを守っている。

しかし、彼らを忘れる人は、彼らも忘れ、守ってはくれない。




(*´ω`*) 良き心で、良き人、良き霊に囲まれてたいね

苦悩から自由になる

贈り主:アラン・カルデックの「霊との対話」P317

未熟さが残っている限りは苦悩から脱却することはできず喜びは制限される。

逆に、悟りが高まるほど、喜びが深まり、苦悩から自由になるのである。




(*´ω`*) 苦悩が少しでも減ると幸せだよね

良心の声

贈り主:アラン・カルデックの「霊との対話2」P209

自分に可能な範囲でよろしいですから、常に慈悲を実践してください。

良心の声に従って、最も正しい判断を行ってください。

良心の声に忠実に耳を傾ける限り、あなたが誤ることはありません。




(*´ω`*) 良心の声って大切なんだね

大切なのは日常生活

贈り主:シルバーバーチの霊訓(1)P171

大切なのは、日々の日常生活であり、現在のあなたの人間性です。

"選ばれし者"の一人になったと信じている人よりも、いたって普通の人の方が遥かに高い魂の持ち主である場合がいくらでもあります。

大切なのは「何を信じるか」ではなく、
日々の日常生活で「何をしてきたか」です。




(*´ω`*) みんなに注目されなくてもいいんだね

生まれる時に選ぶ人生

贈り主:霊の書(上)P118

生まれる時に選ぶ人生は、自己の欠陥を償うのに役立つもの、同時により早く進歩させてくれるもの、そういう試練を選ぶ。

この目的のために、ある者は貧困の苦を自己に課して、それに耐える勇気を養おうとする。

またある者は、財産や権力の試練で抵抗力の訓練をしようと望む。これは財産や権力を持てば、これを悪用したり、またそれあるが故にかえって悪感情を持ったりするので、更に危険が多い人生である。

またある者は、悪い環境と戦う人生を選んで、自己の善意を養っていこうと志す。




(*´ω`*) 自分で辛い人生を選んで生まれるんだね

「喜び」と「苦痛」

贈り主:脳内

自分に訪れる「喜び、苦痛」は理由も無く訪れるわけではない。

今までの考え方、行動の結果として訪れただけである。

「喜び」は、今までの考え方、行動が間違っていないことの証明であり、

「苦痛」は、今までの考え方、行動を見直さなければならないことの証明である。

坂道にボールを置けば下に転がるように、包丁で手を切れば血が出て痛いように、

自分に訪れる「喜び、苦痛」も目に見えないだけで、当たり前のことが起きただけなんだと思う。




(*´ω`*) 原因はいつも自分にあるんだね

憑依

贈り主:霊の書(上)P207

憑依されるとは、自分の心にある不純なものに引き寄せられた未熟な霊に言いなりになってしまう状態を言う。

人が高潔であればあるほど、邪霊を追い払い、善霊を引き寄せる力は強い。

憑依から逃れる一番良い方法は、ささやきに耳をかさないこと。無駄だということを思い知らすこと。何も出来ないと分かれば、彼らは退散する。




(*´ω`*) なるほど

良心の声

贈り主:シルバーバーチの霊訓(2)P75

簡単ではありませんが、良心の声が聞こえれば、
問題に対する解答は必ず自分で得ることができます。




(*´ω`*) 良心の声は間違いが無いもんね

悪意

贈り主:アラン・カルデックの「霊との対話2」P210

人が何と言おうと関係ありません。つまらぬ批判など問題にする必要はありません。

正しい人に対する間違った批判は、批判した人のところに返っていくのです。




(*´ω`*) 純粋で素直な人に悪は近づけないんだね

価値あるものを得るには

贈り主:シルバーバーチの霊訓(1)P53

燦々と太陽の輝く穏やかな日和には人生の教訓は身に沁みません。

魂が目を覚まし、それまで気づかなかった自分の可能性を知るのは時として、暗雲垂れこめる暗い日や、嵐の吹きまくる厳しい日でなければならないのです。




(*´ω`*) 「良薬は口に苦し」かな・・・

贈り主:シルバーバーチの霊訓(1)P160

愛は、妬まず、誇らず、高ぶらず、非礼をせず、己の利益を求めず、憤らず、悪を気にせず、不正を喜ばず、真理を喜び、全てを許し、全てを信じ、全てを希望し、全てを耐え忍ぶ。




(*´ω`*) まだ本当の愛を知らないかも・・・

悪のささやき

贈り主:脳内

自分は求めてないのに、ふと嫌な気持ちになったり、イラッっとしたり、したときは、悪い霊が耳元でささやいてる時なんだと思う。

そんなときには「その嫌な感情がシュワーッと蒸発して消えて無くなる」イメージを浮かべて浄化してしまおう。

もう、そんなのに振り回されて、嫌な気分になるのは沢山だし、本当に何に対しても嫌な気持ちを持ちたくない。

どんな環境でも、いつでも、素直にキレイな自分でいよう。

周りに染まるのではなく、周りを巻き込んで、どんどん向上していこう。




(*´ω`*) 日々精進だね

愛は不滅

贈り主:霊の書(上)P162

前世で互いに愛し合った二人が地上に再生すると、お互いに気付かないが、互いに引き付けられることになる。

前世で結んだ縁というものは、次の再生にあたっては、更に更に強い愛の原因となることが多い。




(*´ω`*) そうなのか・・・

顔は大切

贈り主:霊の書(上)P98

顔は肉体のどの部分より、際立って魂を反映しており、その中でも特に目に現れる。

だから、大変みにくい顔でも、善良で賢明で慈愛深い魂の持ち主は、気持ちの良い感じとなる。

反対にどんなに美人の顔でも、不快な感じを起こさせたり、反感させも起こさせたりする。




(*´ω`*) 魂で相手を感じるって大切なんだね

共感と反感

贈り主:霊の書(上)P93,P163

初めて逢った人に、共感や反感を覚えるのは、過去の前世からの関係によって、言葉を交わさなくても、潜在的なレベルで相手の気持ちを知り、気持ちを見抜くことが結構ある。

反感とは、同じ考え方がもてない同士に起こるものだ。

未熟な人は、相手に反感を感じると、憎悪や嫉妬が起こり、何か相手を傷つけたい衝動に駆られる。

善良な人は、相手に反感を感じると、憎悪や嫉妬は持たず、ただ相手を避け、哀れんで満足する。




(*´ω`*) なるほど

苦痛

贈り主:霊の書(上)P64

苦痛というものは、己の不完全さに起因することが多いから、欠点が少なければ、苦痛も少なくてすむ。

だから、他をねたんだり、羨んだり、欲や野心を持たぬ者は、欠陥が少ないから、それから生じる苦痛を受けなくてすむのである。




(*´ω`*) 自分のためにも他を大切にするんだね

魂の進化と転生

贈り主:アラン・カルデックの「霊との対話」P303

知性および精神性を発達させるために、霊は繰り返し地上に転生輪廻する。

知性を発達させるためには仕事に就く必要があるだろう。

思いやりを発達させるためには人間同士の相互関係が必要である。人間関係が試金石となって、よき人間、悪しき人間を作り出す。

善意を悪意、優しさと暴力、思いやりとエゴイズム、慈悲と貪欲、謙虚と傲慢、誠実と偽善、素直と頑固、忠誠と裏切り、などなど、要するに善人と悪人を区別するあらゆる性格が同胞とのかかわりの中から生まれる。

たった一人で生きる人間には悪も善も無い。一人きりで生きる場合は悪を犯さないが、善を行うことも不可能である。

みずからに欠けている善なる資質をすべて獲得し、悪しき資質を全て去るには一回の転生では当然のことながら不十分である。

粗野で獰猛、かつ無知な人間が、たった一回の転生で知的にも精神的にも最高に優れた人間になることはどう考えても無理である。

新たな転生のたびごとに、霊は、前回までの転生で得た能力や知識、知性や精神性を携えて地上に降りるのである。

それぞれの転生は、進化に向けての一歩一歩であるのだ。




(*´ω`*) まだまだ転生が必要かも

生かされている

贈り主:脳内

私は生かされている。

地球は、生きていくために必要なものを、嫌な顔ひとつせずに提供してくれる。

家族や友人は、安心する空間や、悩みを聞いたり、楽しい時間を提供してくれる。

優しさを知っている人は「こうするのが自分にも他人にも一番簡単で良いもんだよ」って教えてくれている。

いつも文句や悪口を言ったり、見下したり、利用しようとする人は「こういうことすると結局自分が傷つくから止めたほうがいいよ」って自分を犠牲にして教えてくれている。

ペットは、いつも純粋な癒しを提供してくれる。

ご飯は、お腹がすいてイライラしているときに、犠牲になってくれる。

本は、知らなかったこと足りないことを教えてくれる。

ウジ虫や毛虫や蛾やクモは、今の私に理解できない神様の意図と愛があることを教えてくれている。

まだまだもっともっとある。

私は、世の中のみんなの優しさによって、生かされているのに自己中でワガママになりやすい。

だから、せめて、素直さ、謙虚さと感謝だけは忘れないようにしよう。




(*´ω`*) 生かされてると思えたことがウレシイです

魂が目覚めた人

贈り主:シルバーバーチの霊訓(2)P52、P59

魂が目覚めた人は、
他人の苦しみに無関心でいられないはずです。
他人の痛みを自分の痛みとして感じ、
他人の悲しみを自分の悲しみとして感じるものです。

そして、他人のためになる行為なら何でもよろしい。
自分でこれならできると思うことをやり始めるのです。
すると、道が開け、進むにつれてどんどん広がっていくものです。

他の大勢の人達がそういう体験をしております。




(*´ω`*) ムリして偽善はダメよ

人生は比較対照

贈り主:シルバーバーチの霊訓(1)P71抜粋&チョイ意訳

人生は全て比較対照の中で展開しております。

光があるから闇があり、闇があるから光があるのです。
同じく昼と夜がなければ昼は昼でなくなり夜は夜でなくなります。
愛と憎しみが無ければ愛は愛でなくなり憎しみが憎しみでなくなります。
温かさと寒さの両方がなければなりません。
喜びと悲しみの両方がなければなりません。
善と悪の両方がなければなりません。
利己主義と無私の両方がなければなりません。
慈悲と残酷の両方がなければなりません。

その違いが分かるのは相対的だからです。
しかし実は両者は一本の棒の両端に過ぎないのです。元は一つなのです。
その一つを理解するには両端を見なければならないのです。
それが人生です。
そして、どちらを選択するかは、あなたの自由です。




(*´ω`*) 確かにそんな気がする・・・
( `д´) ペッ!
くさった生活の中で、何か忘れているような、自分をダマしているような、何かダマされているような、まだ眠っているような、もう諦めたような、そんな感覚があります

でも、これって何なのか、人に聞いても教えてくれないし、生まれ持った特殊能力も無ければ、天からのお告げが来る気配も全くありません

だから、ちょっと、めんどうで大変だけれど、自分で少しずつ大切なものを見つけていきマス

ちなみに、私は無宗教です。なんとなく昔から、集団や団体の中にいると、ぬるま湯に浸かった感じがして居心地が悪いし、誰かにすがると、弱みを握られ、自由を奪われそうな感じがしちゃうのです

※リンクフリーです(。・_・。)ノ
雨にも負けず(宮澤賢治)
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫な身体を持ち
欲は無く 決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず

野原の松の林の蔭の
小さな萱葺きの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い

日照りのときは涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず
苦にもされず

そういうものに
私はなりたい
自己成長のために
自分をぐんぐん成長させるために、積極的に、嫌なこと、辛いことに立ち向かおう

時には倒れても、時には踏まれても、強い強い雑草のように、必ず立ち上がろう

もっともっと泥まみれになって、どんどん自分を磨いていこう

そして、どんなときも、笑顔を忘れず、前を向いて、キレイな心にしがみついて生きていこう
宮澤賢治じゃないけど
自分の周りが幸せじゃないと、自分の幸せは無いと思う

みんなとは登山で腰に巻いた命綱のようなものでつながっているみたい

だから、だれかが不幸で立ち止まっていると、自分も登れないし、自分だけ幸せになろうとしても、みんなが動かなければ登れない

だから、他人の不幸は自分の不幸だし、他人が幸せになって初めて自分も幸せになれる

つまり、自分が幸せになりたかったら、まず、自分の周りの人を幸せにしないといけない

目に見えないけど、みんなとはいつも一緒みたい
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魂の進化(自己完成への道)
人間はさまざまな形で道を踏み外しては、悪の道を進み、下へ下へと落ちていくのです

この最低の深度にいる間は、自我の中に沈みきっていて、動物と同じく、ただただ自己の快楽と力のみを求めるのです

そして、十分に目覚め、世俗的な心と習慣を捨て、動物的な本能にとらわれなくなると、今まで夢にも思わなかった内的世界に気付くようになるです

ここで遂に、全ての人が兄弟であり、そばの友は自分と同じものを求め、自分と同じ道を辿っているのだと知ります。この理解の目覚めと共に、一切の利己的な野心と願望が後を絶ちます

そして心が遂に変わり、上昇が始まります。光ある方々の群れと一つとなって、前へ前へと波うちます

その魂はもはや、泳いでいる時、他の人々を押して沈めようなどとは思いません。なぜなら、人間として完全な魂の達成という素晴らしい目標に向かって、他の人々も自分自身も、善や悪を経験しながら努力しているだということがわかるからです

自分自身の欠点や弱点を克服し、自分が置かれた境遇や、人間の生活を縛っているさまざまな制限を克服することによって、自己は完成されるのです

人間はこの道を歩むことによってのみ、自己を完成することができるのです

贈り主:コナン・ドイル、ホワイト・イーグル
全てに愛おしさを
例えあなたが嫌なコトをしてきても、私は愛情と優しさでしか返さない

全てが愛おしい

あなたが無知で可愛そうだと思い、何とか助けたいと思う


みたいにできたらいいなぁ
約束
どんなにショックを受けた時も、
どんなに屈辱を味わった時も、
どんなに苦しく辛い時も、
さらに、
100%損だと思った時も、
100%相手が悪いと思った時も、
その他いつどんな時も、

自分がされて嫌だと思うコトは他に絶対にしない!

だって、自分がしたコトは、良い悪いに関係無く、ぜ~んぶ自分に返ってきちゃうみたいだから
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